東京高等裁判所 平成9年(行ケ)292号 判決 1998年12月21日
大阪府摂津市鳥飼西5丁目4番25号
原告
水河末弘
訴訟代理人弁理士
鈴江孝一
同
鈴江正二
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
中嶋清
同
田中弘満
同
小林和男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成9年補正審判第50046号事件について、平成9年10月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和63年7月6日にした特許出願(特願昭63-168547号)の一部を分割して、平成7年7月3日、名称を「板材の曲げ加工方法」とする発明につき新たな特許出願をし(特願平7-167451号)、平成8年7月29日、願書に添付した明細書につき補正(以下「本件補正」という。)をしたが、平成9年2月7日に補正却下決定を受けたので、同年3月21日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成9年補正審判第50046号事件として審理したうえ、同年10月21日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月6日、原告に送達された。
2 本件補正の内容
本件補正は、願書に添付した明細書につき次の補正をすることを含むものである。
(イ) 特許請求の範囲の欄に、請求項5として、「型材の出口から板材を間欠的に送り出すことと、板材の送りが停止されているときに、押し具の板材押付部を所定幅だけ移動させることにより上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けて所定角度だけ折り曲げることと、を繰り返すことによって、全体として板材を所定の曲率半径の湾曲形状に曲げ加工する板材の曲げ加工方法であって、
上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている板材の曲げ加工方法。」との記載を追加すること(以下「(イ)の補正」という。)
(ロ) 発明の詳細な説明の欄に、「請求項5に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、押し具の板材押付部を移動して板材を型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度といった極めて小さいために、押し具の板材押付部で板材を押して型材の出口側端部により折り曲げが開始されると板材は早いうちに塑性変形がはじまり、しかも、板材は切断されずに折り曲げられてゆき、折り曲げ後は板材のスプリングバックも非常に小さくなる。そのため、1回の折り曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げができる。また、1回の折り曲げ角度が大きい場合でもスプリングバックの量が減少され、この量の減少によってスプリングバックの戻りのばらつきの量も減少されて折り曲げ角度の精度の向上が図れる。さらに、上記対向間隔が極めて小さいことによって板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)も非常に小さくすることができる。このため、板材を大小様々な曲率半径の湾曲形状に曲げ加工する場合に、精度のよい大小様々な曲率半径の湾曲形状を形成することができる。」との記載を追加すること(以下「(ロ)の補正」という。)
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、(イ)、(ロ)の補正をすることが、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲のものではなく、これから自明であるとも認められないので、本件補正は明細書の要旨を変更するものであり、平成5年法律第26号による改正前の特許法53条1項の規定により却下すべきものとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 審決の理由中、本件補正が(イ)、(ロ)の補正をすることを含むものであること、及び原決定の理由の概要は認め、その余は争う。
審決は、願書に添付した明細書及び図面に記載された事項を誤認し、(イ)、(ロ)の補正をすることが、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲のものではなく、これから自明であるとも認められないとの誤った判断をした(取消事由)結果、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
2 取消事由
(1) 審決は、願書に添付した明細書又は図面のいずれにも、「『上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている』ことを構成要件とし、上記構成要件、特に『対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている』ことにより『1回の折り曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げができる。』、『1回の折り曲げ角度が大きい場合でもスプリングバックの量が減少され、この量の減少によってスプリングバックの戻りのばらつきの量も減少されて折り曲げ角度の精度の向上が図れる。』及び『板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)も非常に小さくすることができる。』などの作用効果を奏する発明は、具体的にはなにも記載されておらず、また上記明細書又は図面に記載のものなどから自明でもない。」(審決書5頁18行~6頁14行)と判断し、さらに、上記構成要件の発明は、出願当初の原出願の第1c図・第1e図及び出願当初の本件出願の図3・図5の記載から、当業者に明確に把握できる旨の請求人(注、原告)の主張に対し、「上記『第1c図』及び『図3』には板材に押し具が押付けられた段階の態様が、上記『第1e図』及び『図5』には板材の他の箇所に押し具が押付けられた段階の態様が、それぞれ記載されているに止まり、上記主張は認められない。」(同7頁9~14行)と判断したが、いずれも誤りである。
(2) (イ)の補正に係る「上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」との構成は、本願の願書に添付した明細書及び図面に記載されている。
すなわち、上記明細書には、「12は押し具で、上記出口側端部11に対し図2に例示した円弧経路A-Aに沿って接近離反可能に構成されている。」(甲第3号証6頁1~2行)、「図1および図2のように・・・一対の型材10、10の相互間隔Lを調節して板材1の厚み寸法tに合わせることとを行う。そして、板材1の所定箇所イが上記出口側端部11に対向したところで板材1の送りを停止し、続いて押し具12を図3のように右方向へ移動させることにより板材1を上記出口側端部11に押し付けて上記所定箇所イを一定角度だけ折り曲げる。この後、図4のように押し具12を元の位置まで後退させると共に、送りローラ13を所定角度だけ回転させて板材1を送り出し、既に折り曲げられている箇所イから所定幅だけ離れた箇所ロを上記出口側端部11に対向させて送りを停止する。そして、再び押し具12を右方向へ移動させることにより図5のように板材1を上記出口側端部11に押し付けて一定角度だけ折り曲げる。以上の操作を繰り返すと、板材1が所定間隔おきの複数箇所で折り曲げられる。」(同頁7~18行)との各記載、及び図3の説明として「板材を曲げ加工する場合において、板材に押し具が押付けられた段階の説明図である。」(同9頁19~20行)との、図5の説明として「板材を曲げ加工する場合において、板材の他の箇所に押し具が押付けられた段階の説明図である。」(同頁25~26行)との各記載がある。
図1~図5は、板材の曲げ工程の各段階を記載したものであるが、上記明細書の記載のとおり、図1及び図2には、一対の型材10、10の相互間隔Lを板材1の厚み寸法tに合わせることが記載され、これに続く図3には、図2の厚み寸法tの板材を、押し具12の板材押付部を移動させて型材10の出口側端部11に押し付け、板材11を所定角度折り曲げることが記載されている。また、図4には、押し具12を反対方向に移動させて図3で折り曲げられた厚み寸法tの板材をローラ13により型材10、10の出口側端部11、11から送り出すことが記載され、これに続く図5には、図4で送り出された厚み寸法tの板材11を他の箇所で折り曲げるべく、押し具12を再び移動させて型材10の出口側端部11に押し付け、所定角度折り曲げることが記載されている。図1~図5は、板材1の厚みtを長手方向すべてにわたり意識して一定の厚みで表示し、かつ、図1~図5において使用される板材が同一の厚みtとなるよう板材1を正確に記載してある。
そして、上記明細書の記載のとおり、押し具12を円弧経路A-Aに沿って出口側端部11に接近させている図3及び図5には、その接近の設定として、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11との対向間隔を略板材1の厚み寸法程度に狭めて接近させることが記載されており、明細書の記載に基づいて、図3及び図5をみれば、押し具12の板材押付部を移動して板材1を型材10の出口側端部11に押し付けたときに、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11との対向間隔を略板材1の厚み寸法程度に設定していることが記載されているものである。
このように、本願の願書に添付した明細書及び図面、特に図3及び図5には、(イ)の補正に係る上記構成が明確に記載されている。
被告は、願書に添付する図面に関する一般論により、図3及び図5に「押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔」と「板材の厚み寸法」との関係が解るような具体的記載がされていないと主張するが、失当である。
(3) (ロ)の補正に係る作用効果の記載は、請求項5の構成から当然に生じる自明の作用効果を記載したものにすぎない。
すなわち、スプリングバックする板材(例えば鋼材)の一般的な特性として、<1>押付け点(押し具12の板材押付部の当接する点)と受け点(出口側端部11の当接する点)との間の長さ、すなわち押付け点と受け点との間で関与する板材の長さが長いほど、その折曲げ時に弾性変形する量が増すこと、<2>その板材の弾性変形量を超えて折り曲げ、その後押付け力を解除した場合には、<1>の関与した板材の長さが長いほど弾性変形量が多かったから、スプリングバックする量(弾性復帰する量)も多くなること、<3>板材は、ミクロ的には、製造の限界から長手方向すべてにわたって板厚が均一ではなく、また板材を構成する組織が長手方向すべてにわたって均一となっているものではないから、<1>の関与した板材の長さが長いほど、すなわちスプリングバックする量が多いほど、長手方向の板厚や組織の不均一さの影響を多く受けて、スプリングバックする量がばらつくことが挙げられる。
そうすると、押し具の板材押付部を移動して板材を型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と型材の出口側端部との対向間隔を、略板材の厚み寸法程度の極めて短いものとしておけば、板材の押付け点と受け点との間で関与する板材の長さが極めて短くなるから、スプリングバックする量やスプリングバックのばらつき量が非常に小さくなり、1回の折曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げることができ、1回の折曲げ角度が大きい場合でもスプリングバック量が減少して、スプリングバックのばらつき量が減少するので、折曲げ角度の精度の向上を図ることができ、さらに、1回の折曲げ時に関与する板材の長さが短くなることにより、折曲げ時に関与した非常に短い板材の部分を前方に送り出し、そのすぐ後に同じ精度で板材に折曲げ加工を施すことができるので、板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)を非常に小さくすることができるのである。そして、このことは、当業者において一見して理解し得る自明の事項である。
したがって、(ロ)の補正に係る作用効果の記載は、(イ)の補正に係る請求項5の構成を採用することにより当然に生じる自明なものであり、願書に添付した明細書又は図面の記載構成から逸脱したものではない。
第4 被告の反論の要点
1 審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由について
(1) 原告は、本願の願書に添付した明細書及び図面に、(イ)の補正に係る構成が記載されていると主張するが、誤りである。
すなわち、上記明細書には、(イ)の補正に係る「上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことを構成要件とし、この構成要件、特に「押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことにより、「1回の折り曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げができる。」、「1回の折り曲げ角度が大きい場合でもスプリングバックの量が減少され、この量の減少によってスプリングバックの戻りのばらつきの量も減少されて折り曲げ角度の精度の向上が図れる。」、「板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)も非常に小さくすることができる。」などの作用効果を奏する発明は記載されておらず、そのまうな発明を示唆する記載もない。
原告は、(イ)の補正に係る上記構成が、特に図3及び図5に記載されていると主張するが、特許出願に係る図面は、明細書に記載された発明の理解を容易にするための補助的なものであって、部材の大きさ、形状、配置等を設計図のように正確に記載したものとはいえず、上記図3及び図5にしても、板材1、型材10、押し具12、送りローラ13等の各寸法を正確に記載したものと考えることはできない。もとより、図3及び図5に、「押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔」と「板材の厚み寸法」との関係が解るような具体的記載はなされていない。原告主張に係る明細書及び図面の記載から理解される寸法関係は、一対の型材10、10の相互間隔Lと、板材1の厚み寸法tとの関係が、0<「t」≦「L」であることのみである。
(2) 上記第3の2の(3)の<1>~<3>の事項が、スプリングバックする板材の一般的な特性であることは認める。
しかしながら、上記のとおり、(ロ)の補正に係る作用効果の記載にあるような作用効果を奏する発明は、願書に添付した明細書又は図面に記載又は示唆されているものではない。また、上記のスプリングバックする板材の一般的な特性を考慮しても、上記作用効果は、(イ)の補正に係る請求項5の構成を採用することにより奏するものであって、同明細書又は図面に記載又は示唆されていることから自明のことであると認めることはできない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由について
(1) 本願の願書に添付した明細書(甲第3号証)には、特許請求の範囲として、
「【請求項1】 型材の出口から板材を間欠的に送り出すことと、板材の送りが停止されているときに、押し具を一定幅だけ移動させることにより上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けて一定角度だけ折り曲げることと、を繰り返すことによって、全体として板材を湾曲形状に曲げ加工する方法であって、
板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにすることを特徴とする板材の曲げ加工方法。
【請求項2】 相互間隔が板材の厚み寸法に合うように調節可能な一対の型材を用い、上記板材を、その板材の厚み寸法に合わせて出口幅を調節した一対の型材の出口から間欠的に送り出すことと、板材の送りが停止されているときに、押し具を一定幅だけ移動させることにより上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けて一定角度だけ折り曲げることと、を繰り返すことによって、全体として板材を湾曲形状に曲げ加工する方法であって、
板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにすることを特徴とする板材の曲げ加工方法。
【請求項3】 相対向状態に配備されかつ個々の出口側端部が鋭角状に尖った一対の型材を用い、その一対の型材によって形成される出口から板材を送り出し、板材の送りが停止されているときに、押し具を移動させることにより上記板材を上記出口側端部に押し付けて折り曲げる板材の曲げ加工方法であって、
押し具で板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときに、その押し具を、上記出口側端部に対しその出口側端部の両側に亘る円弧経路に沿ってその出口側端部の片側から他側に移動させることを特徴とする板材の曲げ加工方法。
【請求項4】 請求項3に記載した板材の曲げ加工方法において、板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにする板材の曲げ加工方法。」(同号証明細書1頁4行~2頁8行)
と記載され、また、発明の詳細な説明の欄には、技術課題に関する「この発明は、・・・熟練者は勿論、素人でも熟練者と同様に容易かつ迅速に板材を所望の形状に曲げ加工することが可能な方法を提供することを目的とする。」(同3頁3~5行)との記載や、請求項1~4の発明の作用効果に関し、「請求項1に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、・・・板材の一回の折曲げ角度と折曲げ回数を制御することにより、全体として板材が湾曲形状に曲げ加工される。・・・この場合、押し具により板材の出口側端部に押し付けられて折り曲げられた板材は、押し具による押付け作用から解放されると、その板材に備わっているスプリングバック特性により折曲げ後にやゝ復元する。従って、この発明のように、板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度(復元後の曲り角度)に見合う移動幅よりも大きくすることにって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにすると、所望した通りの湾曲形状の曲げ加工が可能になる。このような作用は請求項2に係る発明の曲げ加工方法によっても奏される。」(同4頁14行~5頁2行)、「請求項2に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、上述の作用の他、次のような作用が発揮される。即ち、一対の型材の相互間隔が板材の厚み寸法に合うように調節可能であるので、様々な厚み寸法の板材の曲げ加工に対処できるようになる。」(同5頁4~7行)、「請求項3に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、・・・型材の出口側端部に対向された板材の所定箇所を、直角よりも大きい角度に折り曲げることができるようになる。このような作用は請求項4に係る発明の曲げ加工方法によっても奏される。」(同頁9~15行)、「請求項4に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、板材の所定箇所を直角よりも大きい角度に折り曲げるときに、板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにするので、所望した通りの曲げ加工が可能になる。」(同頁17~22行)等の各記載があるが、(イ)の補正に係る「上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことを構成要件とする発明については、何らの記載も存在せず、そのような構成の発明を示唆する記載もない。
もっとも、前示明細書(甲第3号証)には、発明の実施の形態として、「図1~図5は帯状の板材を対称(注、「対称」とあるのは「対象」の誤記と認められる。)としてこの発明の曲げ加工を行う手順を示している。これらの図において、10、10は相対設された一対の型材で、個々の型材10の出口側端部11を鋭角状に尖らせてある。従って相対向状態に配備された一対の型材10、10においては、出口側端部11、11が先細形状になっている。これらの型材10、10はその相互間隔Lを増減調節できるようになっている。12は押し具で、上記出口側端部11に対し図2に例示した円弧経路A-Aに沿って接近離反可能に構成されている。」(同号証明細書5頁25行~6頁2行)、「図1および図2のように・・・一対の型材10、10の相互間隔Lを調節して板材1の厚み寸法tに合わせることとを行う。そして、板材1の所定箇所イが上記出口側端部11に対向したところで板材1の送りを停止し、続いて押し具12を図3のように右方向へ移動させることにより板材1を上記出口側端部11に押し付けて上記所定箇所イを一定角度だけ折り曲げる。この後、図4のように押し具12を元の位置まで後退させると共に、送りローラ13を所定角度だけ回転させて板材1を送り出し、既に折り曲げられている箇所イから所定幅だけ離れた箇所ロを上記出口側端部11に対向させて送りを停止する。そして、再び押し具12を右方向へ移動させることにより図5のように板材1を上記出口側端部11に押し付けて一定角度だけ折り曲げる。以上の操作を繰り返すと、板材1が所定間隔おきの複数箇所で折り曲げられる。」(同6頁7~18行)、「板材1を折り曲げた場合には、その板材1に備わっているスプリングバック特性によりその板材1に対する押し具12の押付け作用が解除されると板材1の折曲げ箇所がやゝ復元して開く。ここで、板材1がスプリングバック特性によって復元したときの曲り角度を最終曲り角度ということにすると、所望した通りの湾曲形状の曲げ加工を行うためには、板材1のスプリングバック特性を勘案して、板材1を型材10の出口側端部11に押し付けて折り曲げるときの押し具12の移動幅Hを、板材1の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材1がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲り角度が得られるようにすることを要する。図1~図5で説明した実施例についてはこのような手法を採用している。」(同7頁3~12行)との各記載、及び図3の説明として「板材を曲げ加工する場合において、板材に押し具が押付けられた段階の説明図である。」(同9頁19~20行)との、図5の説明として「板材を曲げ加工する場合において、板材の他の箇所に押し具が押付けられた段階の説明図である。」(同頁25~26行)との各記載があり、図1及び図2には、板材1を曲げ加工する初期段階として送りローラ13を回転させ、型材10、10の出口14から板材1を送り出し、型材の相互間隔Lを板材1の厚みtに合わせる状態、図3には、押し具12を矢印の円弧経路に沿って右方向へ移動させ、板材1を型材10の出口側端部11に押し付けて一定角度折り曲げる状態、図4には押し具12を元の位置まで後退させ、送りローラ13を回転させて、板材1の所定幅だけ離れた別の個所を型材10の出口側端部に対向させる状態、図5には押し具12を右方向に移動させ板材1の上記個所を型材10の出口側端部に押し付けて折り曲げる状態がそれぞれ示されている。そして、図3及び図5において、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11の対向間隔の長さは、概ね板材1の厚み寸法程度に描かれている。
しかしながら、特許願書添付の図面は、当該発明の技術内容を説明する便宜のためのものであるから、その性質上、部材の大きさや部材間の寸法等が、設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らず、また、それをもって足りるものである。そうすると、翻って、特許願書添付の図面に、例えば、複数の部材、あるいは部材間の寸法等につき、長短があるように、あるいはほぼ同じ長さであるように描かれていたとしても、それだけでは、当該複数の部材又は部材間の寸法の関係に係る構成が記載されているものということはできない。そのような構成が記載されているというためには、明細書又は図面に記載された他の部分の構成等からみて自明であると認められる場合のほかは、明細書にその寸法の関係を示す具体的な記載があるとか、図面に、所定の方法により当該関係を示す具体的な表示があること等を必要とするものというべきである。すなわち、本願の願書に添付した明細書には、前示「これらの図(注、図1~図5を指す。)において、・・・型材10、10はその相互間隔Lを増減調節できるようになっている。」、「図1および図2のように・・・一対の型材10、10の相互間隔Lを調節して板材1の厚み寸法tに合わせることとを行う。」との各記載があり、図1には、長さを表す矢印の符号をもって、Lの間隔中にtの長さが全部含まれる旨が明示されているが、このような具体的な記載があるような場合に、その関係に係る構歳(この場合であれば、一対の型材10、10の相互間隔Lと板材1の厚み寸法tとが、0<「t」≦「L」という関係にある構成)が記載されているといえるのである。
しかるに、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11の対向間隔の長さと、板材1の厚み寸法との関係については、前示明細書(甲第3号証)に具体的な記載は存在せず、また、図1~図5ほかの図面にも、前示のとおり、図3及び図5において、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11の対向間隔の長さと板材1の厚み寸法とが、概ね同寸程度に描かれているだけであって、それ以上に両者の寸法に関する具体的な表示は何ら存在しない。もとより、前示請求項1~4に係る構成上、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11の対向間隔の長さと、板材1の厚み寸法とが概ね同寸程度でなければならないような技術的な必然性はないから、同各請求項に係る構成からみてそれが自明であると認めることもできない。
そうすると、本願の願書に添付した明細書、又は図3及び図5ほかの図面に、押し具12の板材押付部と型材10の出口側端部11の対向間隔の長さが、略板材1の厚み寸法程度に設定されている構成が記載されているものとは到底認められず、同明細書及び図面に、(イ)の補正に係る構成が記載されているものとする原告の主張は、これを採用することができない。
(2) 第3の2の(3)の<1>~<3>の事項が、スプリングバックする板材の一般的な特性であることは当事者間に争いがない。しかし、そのような特性が当業者にとって自明の事項であるとしても、そのような特性に伴って、(ロ)の補正に係る作用効果の記載にあるような作用効果を奏するのが、(イ)の補正に係る請求項5の構成によるものであることは、原告の主張上明らかであり、本願の願書に添付した明細書又は図面に記載又は示唆されていること自体から、そのような効果を奏することが自明であると認めることはできない。
そうすると、前示(1)のとおり、(イ)の補正に係る請求項5の構成が、本願の願書に添付した明細書又は図面に記載又は示唆されたものということはできないから、(ロ)の補正に係る作用効果の記載も、同明細書又は図面に記載され又は示唆されたものということはできない。
(3) したがって藩決の判断に原告主張の誤りはない。
2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成9年補正審判第50046号
審決
大阪府摂津市鳥飼西5丁目4番25号
請求人 水河末弘
大阪府大阪市北区小松原町2番4号 大阪富国生命ビル607号 鈴江国際特許事務所
代理人弁理士 鈴江孝一
大阪府大阪市北区小松原町2番4号 大阪富国生命ビル607号 鈴江国際特許事務所
代理人弁理士 鈴江正二
平成7年特許願第167451号「板材の曲げ加工方法」において、平成8年7月29日付けでした手続補正に対してされた補正の却下の決定に対する審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(1)本願は、昭和63年7月6日にされた特願昭63-168547号(以下、「原出願」という。)の一部を特許法第44条第1項の規定により、新たな特許出願とするものとして、平成7年7月3日に出願されたものであって、平成8年7月29日付けで明細書を補正する手続補正(以下「本件手続補正」という。)がなされたが、本件手続補正は、平成9年2月7日付けで決定をもって却下された。
本件手続補正は、願書に添付した明細書の記載につき、次の(イ)及び(ロ)の補正をすることを含むものである。
(イ)特許請求の範囲の欄に「型材の出口から板材を間欠的に送り出すことと、板材の送りが停止されているときに、押し具の板材押付部を所定幅だけ移動させることにより上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けて所定角度だけ折り曲げることと、を繰り返すことによって、全体として板材を所定の曲率半径の湾曲形状に曲げ加工する板材の曲げ加工方法であって、
上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている板材の曲げ加工方法。」を追加すること。
(ロ)発明の詳細な説明の欄に「請求項5に係る発明による板材の曲げ加工方法によると、押し具の板材押付部を移動して板材を型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度といった極めて小さいために、押し具の板材押付部で板材を押して型材の出口側端部により折り曲げが開始されると板材は早いうちに塑性変形がはじまり、しかも、板材は切断されずに折り曲げられてゆき、折り曲げ後は板材のスプリングバックも非常に小さくなる。そのため、1回の折り曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げができる。また、1回の折り曲げ角度が大きい場合でもスプリングバックの量が減少され、この量の減少によってスプリングバックの戻りのばらつきの量も減少されて折り曲げ角度の精度の向上が図れる。さらに、上記対向間隔が極めて小さいことによって板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)も非常に小さくすることができる。このため、板材を大小様々な曲率半径の湾曲形状に曲げ加工する場合に、精度のよい大小様々な曲率半径の湾曲形状を形成することができる。」を追加すること。
(2)原決定の理由の概要は、次のとおりである。
願書に添付した明細書の記載につき、上記(イ)及び(ロ)の補正をすることは明細書の要旨を変更するものであるから、本件手続補正は明細書の要旨を変更するものと認められ、特許法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
(3)そこで、以下に検討する。
願書に添付した明細書には、型材の出口から板材を間欠的に送り出すことと、板材の送りが停止されているときに、押し具を一定幅だけ移動とせることにより上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けて一定角度だけ折り曲げることと、を繰り返すことによって、全体として板材を湾曲形状に曲げ加工する方法に関し、「板材のスプリングバック特性による復元量を勘案して、板材を型材の出口側端部に押し付けて折り曲げるときの押し具の移動幅を、板材の最終曲り角度に見合う移動幅よりも大きくすることによって折り曲げられた板材がそのスプリングバック特性により復元したときに上記最終曲がり角度が得られるようにしている」ものなどが記載され、また、願書に添付した図面には、板材の曲げ加工時における、初期段階の態様(図1)、その他の初期段階の態様(図2)、板材に押し具が押付けられた段階の態様(図3)、板材に対する押し具の押付け作用が解放された段階の態様(図4)、板材の他の箇所に押し具が押付けられた段階の態様(図5)及び「曲げ加工された板材形状」(「図6」)など図示されているが、上記明細書又は図面のいずれにも、「上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことを構成要件とし、上記構成要件、特に「対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことにより「1回の折り曲げ角度が小さい場合でも精度よく折り曲げができる。」、「1回の折り曲げ角度が大きい場合でもスプリングバックの量が減少され、この量の減少によってスプリングバックの戻りのばらつきの量も減少されて折り曲げ角度の精度の向上が図れる。」及び「板材を型材の出口から送り出す量(ピッチ)も非常に小さくすることができる。」などの作用効果を奏する発明は、具体的にはなにも記載されておらず、また上記明細書又は図面に記載のものなどから自明でもない。
してみれば、願書に添付した明細書の記載につき、上記(イ)及び(ロ)の補正をすることは、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲のものでなく、これらから自明であるとも認められないので、明細書の要旨を変更するものである。
請求人は、上記「上記押し具の板材押付部を移動して上記板材を上記型材の出口側端部に押し付けたときに、その押し具の板材押付部と上記型材の出口側端部との対向間隔が略板材の厚み寸法程度に設定されている」ことを構成要件とする発明は、「出願当初の原出願の第1C図・第1e図及び出願当初の本件出願の図3・図5」の記載から「当業者に明確に把握できる」旨主張する(審判請求理由補充書4頁2~6行)が、上記「第1c図」及び「図3」には板材に押し具が押付けられた段階の態様が、上記「第1e図」及び「図5」には板材の他の箇所に押し具が押付けられた段階の態様が、それぞれ記載されているに止まり、上記主張は認められない。
(4)以上のとおりであるから、本件手続補正は、明細書の要旨を変更するものであり、特許法第53条第1項の規定により却下すべきものであるとした原決定は、妥当である。
よって、結論のとおり決定する。
平成9年10月21日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)